夢野久作著「ドグラマグラ」

ドグラマグラのすばらしさをとことん語ります。
文学的観点、哲学的観点、結末的観点、探偵小説的観点について語ります。
是非読みましょう。

ドグラマグラという本がある。世界で最も奥が深く、崇高な神の書物である。読めば精神に異常をきたすといわれているがそんなことはない。現に私はこのように文章を書くことができている。私は精神異常者ではない。私にはちゃんと目が2つ、鼻の孔が2つ、耳が2つ、口が一つある。私は精神に異常をきたしたことなど一度もない。私はキチガイじゃない。キチガイじゃない。キチガイじゃない。アアッ……お父オさア――ン……お母アさ――ン……

さて、お遊びはここまでにして、これから私はこのドグラマグラの崇高性をあなたたちに刷り込み洗脳させるつもりだ。きっとこの文章を読み終えるころにはドグラマグラが頭から離れず、ドグラマグラのある本棚に手が吸い込まれることだろう。筆者に文章力があればの話だが。

まずは簡単なあらすじを記しておく。ただしドグラマグラは要約など到底できないと言われていて、それは正しいのでここでのあらすじは本質的ではないことを先に言っておく。

あらすじ:私が目を覚ますとそこは精神病院だった。私は記憶喪失で一切記憶を思い出すことができないが、どうやら私はある殺人事件の関係者なようだ。私はその事件にどのようにかかわっていたかを探りながら自分自身が何者なのかを見つけてゆく。

1.文学的な小説

ドグラマグラにはあらゆる日本の文学表現が埋め込まれている。漢文、古文、書き下し文、論文調、多彩な語彙、大衆文学調、盤根錯節な伏線なんでもござれだ。あらゆるレトリックや表現方法があるのはこのドグラマグラだけだ。始まりと終わりのループ、メタ情報など現代的な手法も取り入れられている。

文章例)以下4つは引用

・ああア――アア――あああ。右や左の御方様おんかたさまへ。旦那御新造ごしんぞ、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍みちばたに。まかりでたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

・「……お兄様お兄様お兄様お兄様……お兄様のお手にかかって死んだあたしです。そうして生き返っている妾です。お兄様よりほかにお便たよりする方は一人もない可哀想な妹です。一人ポッチでここに居る……お兄様は妾をお忘れになったのですか……」

・ あしたに金光をちりばめし満目まんもくの雪、ゆうべには濁水じょくすいして河海かかいに落滅す。今宵こんしょう銀燭をつらねし栄耀えいようの花、暁には塵芥じんかいとなつて泥土にす。三界は波上のもん、一生は空裡くうりの虹とかや。いわんや一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。

・解放治療場中央の桐の葉にチョイチョイ枯れた処が見える。その周囲の場内の平地の処々に真黒く、墓穴のように砂を掘り返したところが、重なり合って散在している。その穴と穴の間の砂の平地の一角に突立った呉一郎は、鍬を杖にしつつ腰を伸ばして、苦しそうにホッと一息した。

こうしてみるとこれが一つの小説の引用であるとは到底思えない。これをきれいにまとめているのがドグラマグラクオリティだ。

2.哲学的要素が豊富

これが最大の理由である。このドグラマグラを読むと次の哲学が読者に押し寄せる。

私とは何者か、認識とは何か、記憶とは何か、存在とは何か、想像上の殺人は悪か、この世界は何か、唯物論、唯識論etc…

この小説は哲学の根本問題である、「私とは何者か」「存在とは何か」「認識とは何か」をありありと読者に想起させるのだ。これほど多くの哲学的要素を含む小説はほかにあっただろうか。いや、ない(ニーチェのツァラトゥストラかく語りきは認めない)。哲学小説で著名なサルトルの「嘔吐」だってこれほどの内容を含んじゃいない。

ただ、これらを想起させるということは確かに情緒不安定にさせる恐れがある。

例えば、藤村操という人は若くして自殺したが、その時の遺書に「知れば知るほどこの世界の真理は不可解である。また、世界が広すぎてすべてを知ることができないから自殺する」(意訳)と記した。のち、哲学を学ぶと自殺するという認識が広まり、哲学は一時期学ぶべきではないとされた。

今まで盲信していた自分の存在の正当性に疑いが生じると、やはり精神的におかしくなるのかもしれない。

3.驚愕の結末

筆者は一度目、二度目と読んだが結末の意味がさっぱりわからなかった。わからなかったがなぜか戦慄した。

今まで見ていた、私の目で見る視点が急に切り替わり、地球という巨視的な視点になったかのような、地球の表面側と内面側がひっくり返ったような、コペルニクス的転回が私の中で起きた。意味が理解できていないのにだ。不思議である。

一度読んだ程度でこの結末を理解することはできないと思う。だが、三度目読んだときにようやくこの結末の意味が理解できた。そしてまたコペルニクス的転回が起きた。

地球という視点で見ていたものが宇宙という視点になったかのような、二つの地球を用意して、一方の表面側ともう片方の内面側を、地球をひっくり返すことで張り合わせたかのようだった(四次元球面(地球?)になる)。

「5回読めば5回感想が変わる、そういう本だ」と筆者自身も言っている。

4次元の地球を見たい方はぜひこの本を最後まで読みましょう。ただし個人差がありますので、見られなかったとしても責任は負いません。

 

4.探偵小説としても崇高

この本は探偵小説のカテゴリに入る。とはいっても、探偵小説などと一つの枠組みに入れることはできない。ドグラマグラはただそれ自体単独で存在する。

ブッダの言った縁起の法(世の中に本質的なものなど何もなく、すべては相互依存の関係の上で成り立っている)で唯一その法の外にいるのがこのドグラマグラなのだ。

ドグラマグラでは主人公が事件の関係者であるが、読み進めていくと主人公は限りなく殺害した犯人と同一人物となる。その点で犯人推理をすることはできないだろうが、このドグラマグラワールドを紐解くことは非常に難解で、あらゆる探偵小説のなかで最難関の部類にはいるだろう。

事実は小説より奇なりと言うが、ドグラマグラは事実より奇である。三大奇書として扱われるだけのことはある。

 

以上、主要なドグラマグラのすばらしさを挙げた。この書籍を読んでほしい読者は

  1. 文学が好きな人(純文学以上のクオリティ)
  2. 哲学が好きな人(哲学すぎて自殺しそう)
  3. 謎、考えることが好きな人(難関すぎ)
  4. 四次元地球を見たい人(見られるとは限らない)

である。是非読みましょう。
青空文庫でも読めます。


ドグラ・マグラ(上) [ 夢野久作 ]


ドグラ・マグラ(下) (角川文庫) [ 夢野久作 ]

 




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ABOUTこの記事をかいた人

・東京理科大理工学部数学科一年の大越英叶。 ・みんなからは親しみを込めて「えいとさん」とよばれる。 ・読書、哲学、数学、クラシックがだいすき。 ・世の中は無常だということを最近理解し始めた。 ・好きな分野:哲学.倫理学.物理学.数学.神学.神話.タロット.C言語.文学.古典.その他 ・苦手な分野:歴史.芸能.地理.時事.ファッション.芸術.アニメ.漫画.経済.その他